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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)9071号 判決

原告

日下部順子

原告

日下部紀

右原告ら訴訟代理人弁護士

黒澤辰三

被告

朝日生命保険相互会社

右代表者代表取締役

高島隆平

右訴訟代理人弁護士

後藤徳司

日浅伸廣

主文

一  被告は原告日下部順子に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年八月一三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は原告日下部紀に対し、金一五〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月二六日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告日下部順子(以下原告順子という。)は日下部雄幸(以下雄幸という。)の妻であり、原告日下部紀(以下原告紀という。)は雄幸の長男であるが、雄幸は昭和五八年八月一日に死亡し、原告両名がその遺産を二分の一ずつ(法定相続分)相続した。

2  雄幸は、昭和五四年三月一日、東京都品川区西五反田四丁目一三番三号・有限会社ユーキ製作所代表者日下部雄幸名義で、被告との間で次のとおりの養老保険契約(以下本件保険契約という。)を締結し、昭和五八年八月までの保険料の払込をした。

(1) 保険の名称 経営者大型保険

(2) 被保険者  雄幸

(3) 保険金受取人 有限会社ユーキ製作所

(4) 死亡保険金 三〇〇〇万円

(5) 保険期間  一〇年

(6) 保険料   月払二万八八九〇円

(7) 証券番号  九六―一四〇三九五号

3  右「有限会社ユーキ製作所」なる会社は、登記がなく、法人として存在しない。

4  本件保険(経営者大型保険)は、税理士とその関与先のための会である全国税理士共栄会の会員のために行う福祉制度で、同共栄会の会員に登録された者のみが契約できる保険であるところ、雄幸は、東京都品川区西五反田四丁目一三番三号において「ユーキ製作所」なる商号で機械部品の製造販売の業を営み、所定の手続を経て同共栄会の会員に登録され、本件保険契約を締結したものである。

5  雄幸は、有限会社ユーキ製作所代表者名義で本件保険契約を締結し、保険金受取人を有限会社ユーキ製作所名義としたが、同会社は法人として存在せず、「ユーキ製作所」の事業は雄幸の個人事業であり、被告も右事実を知悉して本件保険契約を締結し、「ユーキ製作所」の事業も雄幸の死亡により廃止されたのであるから、本件保険契約は、雄幸と被告との間に成立したものであり、かつ、保険金受取人は雄幸個人であり、第三者のための契約ではない。

6  本件保険契約によれば、被告は被保険者である雄幸が死亡したときは死亡保険金三〇〇〇万円を支払うことになつている。従つて、雄幸の相続人である原告らは、雄幸の死亡により被告に対して法定相続分に応じて各一五〇〇万円ずつの保険金請求権を取得した。

よつて、原告らは、被告に対し、各金一五〇〇万円及びこれに対する原告順子についてはその訴状送達の日の翌日である昭和六〇年八月一三日から、原告紀についてはその訴状送達の日の翌日である昭和六一年一一月二六日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1中、原告順子が雄幸の妻であり、原告紀が雄幸の長男であること、雄幸が死亡したこと、原告らの法定相続分が各二分の一であることは認めるが、その余は不知。

2  同2は認める。

3  同3は不知。

4  同4は認める。但し、雄幸個人が保険契約者であることは争う。

5  同5中、雄幸が有限会社ユーキ製作所代表者名義で本件保険契約を締結し、保険金受取人を同会社名義としたとの事実は認め、その余は不知。

6  同6中、本件保険契約によれば被告は被保険者が死亡したときは死亡保険金三〇〇〇万円を支払うこととなつていることは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

雄幸は、雄幸個人と有限会社ユーキ製作所を別個の人格を有するものとする意思のもとで、本件保険契約を締結したもので、契約者・保険金受取人を有限会社ユーキ製作所とした趣旨は、その代表者である雄幸が死亡した後、有限会社ユーキ製作所の経営等について保険金により補填、精算していくというものであつた。

従つて、仮に原告主張のとおり、有限会社ユーキ製作所なる法人(あるいは権利能力なき社団)が存在しないということであれば、虚無人名義による保険契約ということになり、本件保険契約が有効に成立しているか疑問がある。すなわち、被告としては、有限会社ユーキ製作所なる法人と契約を締結する意思で本件保険契約を締結したものであるから、有限会社ユーキ製作所なるものが法人として実体のないものであるとすれば、本件保険契約には意思表示に齟齬が存することになる。

四  被告の主張に対する認否

全て争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告順子が雄幸の妻であり、原告紀が雄幸の長男であること、雄幸が死亡したこと、原告らの法定相統分が各二分の一であることは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、雄幸は昭和五八年八月一日心筋梗塞で死亡し、原告両名が各二分の一ずつその遺産を相続したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二請求原因2、4の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、請求原因3の事実、すなわち、本件保険契約による保険金受取人である有限会社ユーキ製作所は、登記がなく、法人として存在しないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、〈証拠〉によれば、雄幸は本件保険契約において有限会社ユーキ製作所の所在地とされている東京都品川区西五反田四丁目一三番三号に約二〇年前から「ユーキ製作所」の名称で工場を有し、個人で機械部品の製作をしており、早くからこの事業を会社組織で行いたいという希望は持つていたが、結局その希望は叶えられなかつたこと、雄幸は昭和四八年のオイルショック以前には正規の従業員を二、三人使用していたが、オイルショック後は従業員を正規に雇い入れることはせず、パートタイムの従業員を使い、主として自分が働いて右事業を維持していたこと、雄幸死亡時にはパートタイムの従業員もいなかつたこと、以上の事実が認められるから、有限会社ユーキ製作所は権利能力なき社団としての実質も有していなかつたものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

三右二で認定した事実に〈証拠〉を併せ考えると、雄幸は、将来自分の事業を法人組織で行いたいとの希望から、本件保険契約を締結するにあたり、保険金受取人を有限会社ユーキ製作所としたが、有限会社ユーキ製作所は法人でもまた権利能力なき社団でもなかつたのであるから、本件保険契約締結時においては、自分自身が保険金受取人であることを十分認識していたものというべく、有限会社ユーキ製作所が存在しなければ、あるいは将来有限会社ユーキ製作所が設立されなければ本件保険契約は無効であると思つていたとは考えられない。有限会社ユーキ製作所が法人として設立され、雄幸の債務が有限会社ユーキ製作所に引き継がれない限り、雄幸の債務は原告らによつて相続されることとなるのであり、現に、〈証拠〉によれば、原告順子において雄幸の債務を弁済したことが認められるのであるから、雄幸は、有限会社ユーキ製作所が設立されないときは、保険金を雄幸の相続財産に帰属させる意思を有していたものと考えられる。

四被告は、有限会社ユーキ製作所なる法人と契約を締結する趣旨で本件保険契約を締結したので、有限会社ユーキ製作所が法人として実体のないものであるとすれば本件保険契約には意思表示に齟齬がある旨主張するが、〈証拠〉によれば、被告は雄幸からまもなく有限会社ユーキ製作所を設立すると告げられて本件保険契約を締結したもの、すなわち、本件保険契約締結時には有限会社ユーキ製作所はまだ設立されていないことを知つて本件保険契約を締結したものと認められるし、仮に本件保険契約締結時には知らなかつたとしても、その後有限会社ユーキ製作所は設立されていないことを知りながら雄幸死亡まで四年以上保険契約を継続し、雄幸から保険料の支払を受けてきたことは明らかであるから、右主張は失当であり、本件保険契約においては、保険契約者も、被保険者も、保険金受取人も結局雄幸個人であつたものと認められる。

五本件保険契約によれば、被告は被保険者が死亡したときは保険金受取人に対して死亡保険金三〇〇〇万円を支払うことになつていることは当事者間に争いがないから、原告らは、雄幸の相続人として、相続分に応じ、被告に対し、各一五〇〇万円及びこれに対する原告順子についてはその訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六〇年八月一三日から、原告紀についてはその訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和六一年一一月二六日から、各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。

六よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官福田剛久)

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